文学作品朗読
2026年2月5日(木)
YouTubeチャンネルこちこの部屋にちょっぴり怖い文学作品の朗読をアップしました。
今回は文豪、小泉八雲作「雪女」です。
雪のように白く美しい女性と交わした誰にも言ってはいけない約束…。
ぜひ、皆さんにご視聴いただけると嬉しいです。
▼【朗読】「雪女」小泉八雲
作品にまつわるエピソードと感想
この度、なぜ私が怪談朗読に小泉八雲をチョイスしたかというと、先日Xの生成AI Grokに『怪談朗読でおすすめの作品があったら教えて』と尋ねてみたところ“回答:雪女(小泉八雲)→古典だけど朗読向きNo.1候補。静かに語ると雰囲気だけで凍える。プロの朗読者が読むと本当に美しくて怖い。”とオススメされたので『なるほど〜この季節にピッタリ❄️』と思い、迷わず「雪女」を朗読する事に決めました📖
先ずは、知らない方のために小泉八雲をご紹介💁♀️
小泉八雲とは💡(AIによる概要)
小泉八雲(1850–1904)は、ギリシャ生まれのイギリス人で、後に日本に帰化した小説家・随筆家・日本研究家(本名:ラフカディオ・ハーン)です。明治時代に来日し、島根県松江で英語教師として勤務した後、小泉セツと結婚し日本へ帰化しました。『怪談(Kwaidan)』『知られぬ日本の面影』など、日本に伝わる怪奇話や風俗を英語で世界に紹介したことで知られています。最期は1904年9月、東京で心臓発作により54歳で死去しました。
小泉八雲に関する詳細な情報
国籍: ギリシャ・レフカダ島で誕生(アイルランド人の父とギリシャ人の母)。のちにアメリカへ渡り、1890年来日、1896年に日本へ帰化して「小泉八雲」となりました。
死因: 1904年9月26日、心臓発作(狭心症)により東京都新宿区大久保の自宅で死去。
伝記的特徴
来日の背景: アメリカでジャーナリスト・作家として活躍していたが、日本文化への関心から「ハーパーズ・マガジン」の特派員として来日。
活動: 松江、熊本、神戸、東京で英語教師や英字新聞記者を務める一方、日本の怪談、昔話、伝統文化を収集し、英文の紀行文や随筆として出版。
家族: 松江で小泉セツと結婚し、3男1女に恵まれる。
代表作: 『怪談(Kwaidan)』(耳なし芳一、雪女など)、『知られぬ日本の面影』、『心(Glimpses of Unfamiliar Japan)』。
主な居住地: 松江、熊本、神戸、東京(新宿)。
小泉八雲は日本を愛した西洋人で、近代化が進む明治期の日本の風景や心根を文学として描写した最も重要な人物の1人です。
更に補足(AI による概要)
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、明治期に日本の怪談や文化を世界に紹介したギリシャ生まれの作家だが、来日は40歳と遅く、日本語は読み書き・体系的習得が困難であったため、妻・セツが語り部となり、二人が独自に生み出した片言の「ヘルンさん言葉」で意思疎通をしていた。 日本語の能力も日常会話は可能だったが、漢字は苦手で、日本語の書籍を自力で読みこなす力はなかった。そのため、日本の昔話などは妻のセツから口頭で話してもらい、それを英語で書き起こして創作活動を行っていた。
小泉八雲の作品は本来、英語で書かれています。
だから青空文庫にあるどの作品にも必ず翻訳者が明記されているのです📝
では、本題に入ります。
子供の頃、私も童話で「雪女」を読んだことがあります。
なのでストーリーはざっくりと記憶していたつもりでした。
が、実際青空文庫にある小泉八雲の「雪女」に目を通してみると、意外や意外“こういうストーリーだったんだ〜”と新たな気付きが多く、読み終えた後、私は涙が止まりませんでした😭
特に「雪女」の去り際の“別れのセリフ”が切なくて…。
心に染みるんです‼️
このセリフを読んだ瞬間『このセリフを表現させたらきっと私はどんな朗読者にも負けない❤️🔥このセリフは私のモノ😼』て思っちゃいました。
そのくらい印象的で、自分が語りたい素敵なセリフでした。
さて、せっかくなのでここでこちこの朗読秘話もご紹介㊙️
実は私、雪女の“別れのセリフ”をテイク3まで録ったんです🎙️
ファーストテイクでは、こちこ🟰雪女と化しているため、私は自分の感情が抑え切れず、涙が止まらなくなってしまい、激情&慟哭しちゃってました。
それでも激昂してセリフを喋っているので、後から聞き返してみると、自分でも激しすぎてドン引くレベル⚠️
『さすがにコレは、視聴者さんたちも引いちゃわない⁉️』と感じた私は“別れのセリフ”を2回録り直します🗣️
テイク2とテイク3を聞き比べてみて、朗読にはテイク2の方を採用しました。
※テイク3ともなると感情の溜飲が下がったのか、淡々とした語り口になっていて💦程よい塩梅で表現していたのはテイク2と判断しました〜🙆♀️
雪女が憑依したこちこの渾身の“別れのセリフ”は要必聴ですよっ👂‼️
話は変わりまして、ここからは「雪女」を朗読したこちこが、作品について、感じた事を感じたままに綴ります📝
雪女って、言い換えれば人間ではなく妖怪ですよね。
けど、妖怪:雪女も、人間の美少年:巳之吉に恋しちゃうんです💓
しかも、それはまさかの一目惚れ。
一目惚れというものは、雷に撃たれるのと等しく、そうそうに起こり得ないだけに突然で、その衝撃たるや計り知れないものだったはずです。
兎にも角にも、恋に落ちてしまった雪女。
彼女のその想いはもう誰にも止められない‼️
「雪女」を読んだこちこが作中を想起するに、雪女は、美しい巳之吉を一目見てフリーズ🧊
巳之吉から目が離せなくなり、雪女は巳之吉を見つめ続けます。
恋に落ちる感覚は、きっと妖怪も人間も同じでしょう🙏
雪女は、初めて知った狂おしい感情に“どうしても巳之吉の側から離れたくない”、“一緒にいたい”と切望したと推察します。
そのため妖怪界の掟(そういうルールがあるかわからないけど💧)を破り、雪女は人間になったのです。
もしくは冨樫義博先生の『HUNTER×HUNTER』という漫画に出てくる“念能力”の概念:制約と誓約にあるように、能力者が自身の“念能力”を飛躍的に強化するため、自身に厳しいルール(制約)を課し、それを守る覚悟(誓約)をセットにすることで、リスクと引き換えに絶大な威力を発揮させる仕組み(=ルールとペナルティと言い換えるとわかりやすい)を雪女は自らに負わせ、人間になりました。
つまり自分が人間として生きる制約(🟰妖怪を捨てる人生)と引き換えに、巳之吉には『雪女と遭ったことを誰にも言うな』と勝手に誓約させることで人間となる“制約と誓約”を結んだのかもしれません💭
いずれにせよ雪女は人間:お雪として、偶然を装い、巳之吉と再会します。
そして彼の妻となり、子供まで産み、人を愛して、愛おしむ喜びを堪能し、人間生活をエンジョイしていました。
このまま一生幸せが続けば良かったのに、それなのに、ある夜、巳之吉がふと吹雪の夜に雪女と遭ったことを思い出し、(人間となった雪女)お雪の前で語り始めるんです‼️
するとお雪は『その人の話をしてちょうだい。……どこでおあいになったの』と質問します。
ここが肝です🫀
私は“雪女もやっぱり女だな”と思ってしまいました。
だって、自分が『雪女と遭ったことを誰にも言うな』と巳之吉に誓約させたのにですよ〜。
これは、マジで恋愛における女性あるあるです‼️
女の性(さが)とでも言いましょうか🤔
“鎌(かま)を掛ける”って女性は本当によくします。
かくいう私も以前は“鎌掛け”常習犯でした🫣
これを恋愛では『お試し行為』と言ったりもします。
女性にとって鎌掛けは“本当に私との約束、守ってくれるよね?”と男性を試すことで、安心を得たいという心理の現れなのです。(※逆に言うと、巳之吉もその女心が分かっていればお雪のお試し行為を回避できたのです)
おそらくお雪もその確信を得たいがために巳之吉に質問してしまったのでしょう。
しかし恋愛において『お試し行為(鎌掛け)』はまぎれもない自爆行為💣
案の定、まんまと巳之吉はお雪に(しかも馬鹿正直に)『雪女と遭った』と告白しちゃいます。
私はこのシーンが恋愛あるあるなだけに『もう💢バカ‼️バカ‼️バカ‼️二人ともバカ‼️』って思っちゃいました⚡️
余計な鎌掛けなんて、やっても良いことなんかないのに…雪女😞
そしてその女心を察してやれよ〜巳之吉です🌀
私は二人の人間心理が手に取るように分かると同時に、幼稚な恋愛の駆け引きをする雪女に、とても悔しくなってしまいました💔
雪女も妖怪なら何千年も生きてるだろうに🌬️
もしかしたら見た目がすごく若いということは、雪女は心も幼いままなのかもしれません。
老いとは、決して悪いことだけではなく、老いていくとともに知識や教養が増え、色々と受け入れることが出来るようになったりします。
例えば『こういうことしたら人を傷つけちゃうからあえて言わないでおこう』とか、『聞かないでおこう』といった感じ。
そんなふうに人間は年齢を重ねて人の気持ちを理解出来るようになるのですが、妖怪の雪女は年を取らないから考え方もずっと幼いままなのかも…。
その根拠となる描写は作中、幾つも散りばめられていました。
例を挙げるなら、好きだから一緒にいたいという気持ちだけで突っ走る雪女→人間となるため、妖怪界の掟を破る、もしくは自らに制約と誓約を課し人間になる→にもかかわらず、その時の思い付きでお試し行為の鎌掛けをする→結果、自ら制約と誓約を壊す→自分がこの世から消えてしまう🫧
う〜む😅
やっている事の全てが感情的で衝動的です。
まるで冷静さのカケラもない幼い少女がやりそうな🧚♀️目的と手段の逆転現象が起きています‼️
が、もっと別の角度から見ると、雪女は恋した事で心まで人間になってしまったのかもしれません。
というのも妖怪のままだったら、あの吹雪の夜、茂作老人を問答無用で殺したように、人間に情けなどかけないはずです。
なのに雪女は、約束を破った(自分が破らせる言動をしたんだけど)巳之吉を殺さない代わりに、子供たちを巳之吉に託すと言い、消えていきました。
雪女は愛する巳之吉と子供たちを殺せなかったからこそ自分が消える(=死ぬ)選択をしたのではないでしょうか🥲
きっと巳之吉と自分のどちらかが死ぬ事で、妖怪界の掟、もしくは制約と誓約が解除される仕組みだったと予想します。
何はともあれ、このシーンには雪女の巳之吉への愛と子供たちへの母性を感じざるを得ない、胸が締め付けられる感動的なラストでした。
「雪女」の話をずっと考えていると、突然私の脳裏に人魚姫の物語が浮かんできました🧠
人間の王子様に恋をして、“どうしても人間になりたい”と切望し、人間の足を得る代わりに自分の美しい声を失った人魚姫。
人魚に戻りたかったら、王子様を殺せば人魚に戻れるという最終手段があったのに、彼女は王子様を殺すことが出来ず、自分が海に身を投げ、海の泡として消えていきました🌊🫧
このストーリー展開って雪女と全く同じじゃん🫨
やはり名作ってどれも似てくるのかなぁなんて思いました。
しかしよくよく考えると、恋する女の執念って凄いですよね💘
雪女も人魚姫も“好きな人と一緒にいたい”となったら、掟を破るor自分に制約と誓約を課してでも、絶対に人間になっちゃうんだから👩🏻
そこまでして意地でも人間になったのに…結末が残酷過ぎて、ツライ〜。
でも解釈次第では、ハッピーエンドじゃないからこそ人々の記憶に残り、時代を超えて“名作”として語り継がれているのかもっ✨
私は色んな文豪怪談を朗読してきましたが、小泉八雲作「雪女」はこれまで朗読してきた古典文学の中でも、女性の意地らしさと悲恋が共存していて、私にとって最も好きなタイプの“ラブストーリー怪談”と感銘を受けました🌸












恋をすると、なかなか冷静ではいられないですよね(^_^;)
自爆行為をすること、私もありましたが、今ならもっとうまく立ち回れたのにというのは、ふと思ったりします。
「雪女」は、八雲の作品から各地に広まっていったようですが、その過程で、微妙に違う話になっていった可能性もありますね。
青梅市がこの作品ゆかりの地みたいで、「ばけばけ」でも紹介されているかもですね(^O^)