良心・第一義

文学作品朗読

2026年4月21日(火)

YouTubeチャンネルこちこの部屋に文学作品の朗読をアップしました。

今回は青空文庫から文豪、夢野久作 作「良心・第一義です。

極めて短いニ部構成の哲学的エッセイ📝‼️

第一部が「良心」、第二部が「第一義」となります。

ぜひ皆さんにご視聴いただけると嬉しいです。

 

▼【朗読】「良心・第一義」夢野久作

 

作品への感想

良心・第一義に目を通したこちこ👀

ぱっと見“詩かな⁉️”と思ったのですがどうやら『随筆』とのこと。

一通り読んでみたのですが、イマイチ内容が理解出来ず…⚠️

そのため何度も読み返して、自分の中で反芻してから朗読しました〜🗣️

こちこが思うに、作品を一言で表現するなら『考えるのではなく、感じろ‼️』です。

正直言って、私には“まるでお経のよう”といった印象を受けました〜📿

ちなみに、良心とは『善悪を判断する心』、第一義とは『一番大切なこと』という意味です。

タイトルからも夢野久作の人生観や思想がギュッと詰まっている作品なのが伝わってきます。

ふと“夢野久作はなぜこのような哲学的エッセイを書きたくなったのだろう”と気になったこちこ💭

夢野久作の経歴をGrokに質問してみました。

『夢野久作はどんな人生だった?簡単に教えて。』📲

Grokによる回答💡

夢野久作(本名:杉山泰道)は、1889年(明治22年)福岡市生まれの小説家で、47歳という短い生涯を多彩に生きました。
主な経歴(ざっくり時系列)
• 幼少〜青年期:政治家・実業家で「政界の黒幕」と呼ばれた父・杉山茂丸の長男として生まれ、能楽を幼い頃から習うなど裕福な環境。修猷館中学を経て近衛歩兵連隊に入り、陸軍歩兵少尉に。
• 20代:慶應義塾大学予科文科に入学するも中退。農園経営を試みるが失敗、禅僧(出家名:杉山泰道)として寺に籠もり托鉢行脚もするが還俗。再び農園経営に挑戦するも苦戦。
• 30代:父のコネで九州日報(現・西日本新聞)の記者となり、童話を書き始める。1926年(37歳)、雑誌『新青年』の懸賞で「あやかしの鼓」が入選し、夢野久作の筆名で小説家デビュー。
• 晩年:幻想・怪奇・探偵小説を次々発表。代表作に短編『瓶詰の地獄』『押絵の奇蹟』、長編『ドグラ・マグラ』(1935年刊、日本探偵小説三大奇書の一つ)など。1936年(47歳)、東京で脳溢血により急逝。
特徴
彼の人生は「軍人→僧侶→農園経営者→記者→作家」と本当に波乱万丈で、筆名「夢野久作」自体が博多弁で「夢ばかり見ている変わり者」という意味。猟奇的で実験的な作風は、江戸川乱歩からも絶賛されました。
簡単に言うと、いろんな職業を転々とした末に遅咲きで作家になり、独特な小説を残して早逝した人です。

なるほど〜😲

夢野久作は禅僧だった時代があるのですね。

となると、こちこが「良心・第一義」を読んだ瞬間に“まるでお経(仏教の経典)のよう”と感じた印象は、あながち間違っていなかったのかもしれません🎶

それに私は「良心・第一義」を朗読したからこそ、“他の人達よりもある程度は夢野久作の哲学に理解を深めている”と勝手に思っています。

よって夢野久作の哲学をこちこが解説するなら『仏教的な無常観や禅の境地に気付け‼️』でしょうか。

そして『自然回帰万歳』って感じかな〜🙌

おそらく『人間の文化なんてたかが知れている。本質的ではない。もっと人間本来の素朴な心を取り戻せ。自然と共に生き、自然に帰れ‼️』と諭しているように感じました〜。

もっと深読みすると、“自然回帰は夢野久作の生育歴に関係があるのかな?”と思ってしまいました。

もう一度記事を遡り、Grokによる『夢野久作の人生』を確認してみましょう👀

20代の経歴に✏️

大学中退→農園を経営→失敗→禅僧になる→還俗→再び農園経営に挑戦→苦戦。

とあります。

この流れから察するに、一度出家したにもかかわらず、再び俗人に戻り、その上でなお農園にこだわっていたことがうかがえます。

そこでこちこはまたまたGrokに質問🙋‍♀️

『夢野久作はなぜ農園経営にこだわったの?』📲

▼すると…Grokによる回答💡

夢野久作(杉山泰道)が農園経営にこだわった主な理由は、父親・杉山茂丸の強い期待と「家業・使命」として押し付けられたためです。 彼自身は文学青年で経営の才覚はほとんどなく、2回とも失敗していますが、それでも繰り返し取り組んだ背景があります。
杉山農園の成り立ちと目的
• 大正初期に福岡市東区唐の原(香椎周辺)に約4万6000坪の広大な農園を父・茂丸が創設。
• 目的:アジア諸国が独立した際に農業指導者を養成する(パシフィック・アジア主義的な理想)。同時に、玄洋社(右翼系団体)の若手教育の場としても機能。
• 資金は茂丸が集め、国家的事業的な位置づけでした。茂丸は政界の黒幕で、国粋主義・大陸進出思想が強く、息子にその「実務」を継がせようとしたのです。
久作の経緯
• 慶應義塾大学予科在学中、父から「文弱を嫌う」理由で中退を命じられ、帰郷して農園経営を任される(1913年頃、24歳)。
• 文学青年だった彼には向かず、約2年で経営難に陥り失敗。挫折感から出家(禅僧)へ逃避。
• 還俗後(1917年頃)、再び農園経営に戻る。この頃結婚もして家族で暮らしましたが、再び苦戦(管理人の問題や借金なども絡む)。
• 結局、記者や作家へ転身しますが、農園は彼の「終の棲家」的な場所で、執筆活動もそこで行っていました。
結論
本人の「こだわり」より、父親の強烈な期待・家督としての義務感が大きかったと言えます。父子関係の葛藤(継母問題なども背景に)も深く、農園失敗は彼の人生の大きな迷宮の一つになりました。この経験は後の怪奇・幻想小説(特に『ドグラ・マグラ』などの迷宮的な作風)にも影響を与えたとされます。
父の遺志は息子・龍丸(久作の長男)が引き継ぎ、農園を売却してインドの緑化事業に注ぎ込んだ点も面白いですね。家全体が「農業を通じたアジア貢献」という壮大かつ波乱の夢を抱いていた家族です。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

なっ、なんとっ🤯‼️

農園経営に2回も挑戦したのは、父親の期待に応えるためだった⁉️

しかも本当はやりたくないのに、大学を中退させられ…出家したのも現実逃避ってちょっぴり可哀想🌀

裕福な家庭には裕福な家庭なりの悩みがあるのですね。

なんだか“自然回帰したくなる気持ちも分かるかも”って思っちゃいました💦

こういう葛藤やジレンマを沢山の読者に伝えたくて「良心・第一義」という随筆が生まれたのかもしれないですね。

さりとて、結果的にこちこは「良心・第一義」の意図が分からず、それでも理解しようと何度も読み返すという無限ループに陥りました。

意外にもこれは夢野久作にとったら嬉しい誤算だった🤭⁉️

いずれにせよ「良心・第一義」は、こちこがこれまで朗読してきた夢野久作作品の中でも一味違った魅力を感じさせてくれる興味深い作品でした💗

皆さんもこちこの朗読を無限ループして、夢野久作の哲学を体感してみてください🌈

 

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